法学部

岡田 健太郎

オカダ ケンタロウ  (Kentaro OKADA)

基本情報

所属
愛知大学 法学部 教授 (政治学・比較政治制度分析 / カナダ・旧英領諸国)

連絡先
okadakentarojpyahoo.co.jp
研究者番号
50641255
J-GLOBAL ID
201801005094302811
researchmap会員ID
B000301323

外部リンク

【お知らせ】9月12日土曜日、13日日曜日の二日間、2026年度日本カナダ学会研究大会を愛知大学名古屋キャンパスにて開催します。基調講演者として、Jim Farney ジョンソン・ショーヤマ公共政策大学院長(サスカチュワン大学・レジャイナ大学連合大学院)をお呼びして、「カナダ政治におけるポピュリズムの現状」について講演していただくことになっています。なお、ジョンソン・ショーヤマ大学院にその名を残す Thomas Kunito Shoyama は日系カナダ人で、カナダが世界に誇る社会保障システム、国民皆保険制度の策定と導入に主導的な役割を果たしたことで知られています。Shoyamaについては、下記のエッセイ「サスカチュワンからカナダをながめる(1)」「サスカチュワンからカナダを眺める(2)」でも触れています。

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Academia.edu. is Here.

My homepage in English is Here. I made this page while I was in Saskatchewan, Canada, for my sabbatical year from the 2023 summer to the 2024 Autumn.

高校生時代にたまたま縁があってカナダで暮らして以来、この国のありようを40年近くにわたって眺めてきました。ポスドク時代に経験した外務省専門調査員(在バンクーバー総領事館)の経験も、カナダを大学以外の場所から観察する本当に良い機会でした。

反移民、ポピュリズムが跋扈するようになって久しいG7諸国のなかで、それでも多文化主義を旗印としてリベラルな風潮を維持してきたカナダなのですが、残念ながら大きく変わりつつあるという印象を持つようになっています。移民や先住民、アジア系マイノリティへの風当たりも強くなりつつあることを、最近は訪れるたびに実感しています。特にアジア系や先住民の人々に対しては、「白人系カナダ人(こういう言い方が正しいのか分かりませんが)」からの反発、バックラッシュが生じているように思われます。渡辺靖さんの「白人ナショナリズム」をゼミで講読したさい、ここで描かれている状況はカナダにも当てはまるし、これからその流れは強くなると感じました。

学部生・院生時代からのバックグラウンドとしては政治学・比較政治学、フィールドとしてはカナダ政治、カナダ地域研究で、より大きくはカナダを中心にした旧英領諸国の比較政治学が専門になります(専門というのもおこがましいですが)。政治学と地域研究双方の知見を大事にしたいと考えています。これまで、

①カナダ政党システムの比較分析(院生の頃)

②カナダにおける討議デモクラシー(無作為抽出・くじ引き民主主義)の事例分析

 ブリティッシュ・コロンビア州やオンタリオ州の選挙制度改革市民議会など抽選制・くじびきによるデモクラシーについての研究しています。この研究の延長線上で、カナダにおける選挙制度改革の系譜や連邦下院選挙、各州議会議員選挙の選挙日固定法(イギリスの議会任期固定法とほぼ一緒といえばそうなのですが、この二つの概念はちょっとズレもあります。)制定についても考察しています。

③カナダにおける独立調査委員会(王立委員会)の比較制度分析

④カナダ立憲君主制とデモクラシーとの関係に関する比較研究

といったことをどれも中途半端なのは承知のうえで考えてきました。これらのテーマはバラバラに見えるかもしれませんし、実際そうなのだろうと思いますが、自分のなかではそれなりにつながっています。

 なお、昨年夏までのサバティカルでカナダに滞在して、あたらしい研究テーマを見つけることができたと思っています。先住民の人びとや中国系、シーク系、ウクライナ系、日系、ユダヤ系、インド系、ドイツ系といったエスニック・マイノリティの人びとに対して、カナダ連邦政府や州政府が採用した、さまざまな差別的な政策(強制収容も含む)にみられる連続性、政策としての差別について政治学の観点から考えてみたいと思っています。こういったテーマは、主に歴史学や社会学の観点からこれまでなされてきており、政治や政策といった観点がやや希薄だったのではないかと感じました。このテーマを時間をかけてうまく育ててみたいと思っています。

 

【以下は月録、年録、いやディケード録?(その時々の記録です)】

【2026年6月10日】オタワ大学で開催されたカナダ政治学会で報告してきました。カルガリーで直前に新聞資料調査をして、それを踏まえての報告でした。報告パネルは聴衆にも恵まれ、また質問も含めて充実した意見交換ができました。パネルのB13(b) - Democracy, Government and Public Policy: Examining Contemporary Japanese Politics from Comparative Perspectiveの企画に尽力された先生方、ありがとうございました。私の報告When the Doukhobors Encounter “Japan”: Intersections with Japanese Canadians and the Reception of the Doukhobors in Japanは、当日の報告論文を未定稿のままで、誤字脱字もあると思いますが、とりあえず近日中にここに掲載します(→掲載しました)。学会での質疑応答も踏まえて修正したものを英文と日本語で勤務先の紀要に公表するつもりでいます。

【2026年3月5日】26年6月2日から6日にかけてカナダの首都オタワで開催されるカナダ政治学会で報告することが決まりました。Kentaro OKADA, "When the Doukhobors Encounter Japan”: Intersections with Japanese Canadians and the Reception of the Doukhobors in Japan" と題して報告してきます。23年から24年のサバティカル期間中に出会ったロシア系宗教的マイノリティであるDoukhoborというひとびとについて、彼らがトルストイの援助を受けてカナダに難民として流れつき、そしてそのことが日本で二葉亭四迷や新渡戸稲造を通じて同情が広がったことや、日系カナダ人とのつながりについて話してきます。「政治学」のカテゴリーではないような気もしますが・・・・。

【2026年2月12日】カーニー首相の「ミドル・パワー」について

何度も演説を聞いているのですが、もしかしたらカーニー首相は「ミドル・パワー」という言葉を、レスター・ピアソン首相以来カナダが外交で重視し用いてきた「ミドル・パワー」概念とは意識的に違うものとして、意図的に使っているのかもしれないと思うようになりました。カナダ外務省からはミドル・パワーについての説明は特にまだないですが、外交政策として政府内部で調整し、アイディアとして練り上げた新しい「ミドル・パワー2.0」概念の提示が近いうちにあるかもしれないと思っています。おそらく中心になっているのは、前外相のメラニー・ジョリーあたりなのかもしれません。

【2026年2月2日】カナダ西部にあるアルバータ州がカナダからの分離独立を目指していると報じられています。こういう動きはこれまでも一貫してあったので特に驚きはないのですが、アメリカへの併合?を視野に入れているという話もあるようで、その点興味深くみています。

アルバータ州はカナダ最大の産油州で、そのため州の財政も突き抜けて豊かです。カナダで唯一、州消費税がありません。実は、アルバータの石油産業の発展に大いに貢献したのは、テキサスなどアメリカからやってきた石油掘削技術者です。アメリカの連邦上院議員で大統領予備選にも出馬したことがあるテッド・クルーズはアルバータ州の商都カルガリー生まれなのですが、彼はテキサスからやってきた石油技術者の家庭に生を受けました。アメリカ国外で出生した人にはアメリカ大統領選挙に出馬する資格がないのですが、アメリカ国籍者の家庭だと話は別になります。アメリカ国籍者の家に生まれたクルーズはカナダで生まれたとしても、大統領選挙に出ることは可能です。他方、もともと外国籍の外国生まれで、その後アメリカに移民してアメリカ国籍を取得した場合は、大統領選挙に出馬することはできません。トランプは一貫してオバマをそういう文脈で揶揄してきました。

話を元に戻すと、アルバータ州、とりわけカルガリー近辺は、テキサスからの石油技術者が多く暮らすことから「カナダのアメリカ」「カナダのテキサス」などと言われることがあります。アメリカと同じく、自助を軸とする新自由主義的経済政策が好まれ、カナダの充実した社会福祉政策、国民皆保険制度への懐疑も一定程度存在します。ロデオやカウボーイ文化も好まれることで有名です。

カルガリー大学政治学部もアメリカ人政治学者が多く、そのようなアルバータ独特の政治文化を後押しすることで知られています。彼らアメリカ出身の政治学者や経済学者は実際の政治活動に参画することを好み、アルバータ州やカナダの保守主義陣営のイデオローグとなっています。カナダ政治学のなかで、カルガリー大学政治学部は特異な立ち位置を占めています。

そういうわけでアルバータ州は、リベラルなカナダのなかでもかなり特殊であるということは念頭に置いておいた方がいいと思います。なお、アルバータ州のカナダからの分離独立とアメリカへの併合は、カナダ憲法を素直に読む限り、当然のことながらハードルが高いです。むしろ、アルバータ州政府の政治的アドバルーンだと思った方がよいと思います。なお、同じ保守系の政府であるオンタリオ州政府は、アルバータ州政府とは真逆にトランプ政権に真っ向から対抗する姿勢を打ち出し、カーニー首相の立場を強く支持しています。この辺りの違いも政治的な戦略の違いとして興味深いものがあります。

なお、もともとアルバータ州はWest Wants In!というスローガンを高らかに掲げ、石油などでカナダ経済を支える自らこそがカナダ政治や経済に貢献する中心たらんと主張してきた長い歴史があります。それが今度は、カナダからのオプトアウトの姿勢をにじませるという状況に、時代の流れを感じます。

 【2026年1月30日】ダボス会議でのマーク・カーニー連邦首相の演説が注目されています。現状を正面から語ろうとした演説として評価されているようですし、私自身そのようにも思います。ただ、シンプルなようでそれなりにレトリックに富んだ演説ですし、さほどわかりやすい内容というわけでもないと思います。注目したいのは、演説での「ミドル・パワー」という概念の多用です。カナダの政治家が「ミドル・パワー」という言葉を言明するのを30年ぶりくらいに聞きました。かつてカナダは自らを「ミドル・パワー」の国家であると位置付け、具体的には国連や平和維持活動(PKO)などを通じて、大国にはできない、独自の平和構築への貢献を積極的に行ってきており、そこにカナダという国の立ち位置を見出していました。それがアフガン派遣の失敗などで紛争地の平和構築に消極的になり、結果として政治家が「ミドル・パワー」という言葉を使わなくなっていたのがこの30年くらいです。

今回の演説で、「ミドル・パワー」は日本の新聞やテレビでは「中堅国」と訳されています。これまでのカナダ政治の文脈で伝統的に使われてきた「ミドル・パワー」と今回の翻訳の「中堅国」とのあいだに存在する距離感に、カナダ外交の大きな変化を思いました。なお在東京のカナダ大使館の翻訳では、「middle power」はそのままカタカナで「ミドル・パワー」とだけ書かれており、「中堅国」とは訳していません。カナダ政府としては、日本語のイメージするところの「中堅国」という言葉を使わず、むしろ注意深く意図的に避けています。日本のメディアはその点に少し留意し、カナダ政府が言う「ミドル・パワー」という概念が意味するところに注意を払う必要があると思います。

 【2025年7月22日】老舗地場系書店の閉店が相次ぐ名古屋なのですが、それだけでなく専門書の新刊本が刊行後すぐに入手できなくなってきた、というか、書店の書棚に並ぶまでかなり遅れるようになってきた感じがしています。名大生協の書籍部が縮小されて以来あまり行かなくなり、勤務先の生協書籍部は小さいなりにまだなんとか頑張ってるのですが限界もあります。以前、「名古屋書店事情 ーちくさ正文館書店、正文館書店を失ったあとに考えることー」を書いたのですが、追記で新刊本の遅れについても少しふれました。新刊が出るとすぐに手にとりたい吉田書店有志舎の本、名古屋ではこういう特徴のある出版社の本を刊行後書店ですぐに眺めることができなくなりつつあるように感じています。

【2025年4月10日】4月29日投開票のカナダ連邦下院議会総選挙について、バンクーバーのカナダ邦字紙「日加トゥデイ」に記事を寄せました。カナダ政治を見るようになってから30年近く、今回のような選挙は初めてで、どうなるか注目しています。トランプがなければ、これまで長いあいだカナダの政治的な気質そのものであった自由党と自由党的なもの(リベラルな政治姿勢など)が変容をせまられ、アメリカと同様、政党支持の再編成が起こると思っていたのですが、今回はこれまでの政党システムの維持となりそうです。終焉を迎える可能性のあったカナダ自由党と自由党的な政治的スタンスの「延命」、といったところでしょうか。

【2025年3月26日】選挙日固定法があるカナダで本来は10月が選挙のはずですが、連邦下院議会が早期解散ということで、4月28日投開票になるようです。カナダ政治の観察を始めて30年近くになりますが、このような選挙とそれを取り巻く状況は見たことがないです。これほどまでに外圧を意識する総選挙はそうそうないですし、G7の先進国でもまれだと思います。カナダのカナダらしさが正面から問われる選挙になります。一点気になるのが、新首相マーク・カーニーのフランス語です。これまでのカナダ連邦首相は、英語系であれ流暢なフランス語を話すことで仏語系ケベック州からの支持を得ようとしてきたのですが、カーニーのここまでの英語訛りのフランス語は意外でした。ケベックでの支持確保にもしかしたら支障が出るかもしれません。

ブライアン・マルルーニのフランス語、ボブ・レーのフランス語は見事で、全く違和感なかったのですが・・・。

 【2025年3月14日】カナダの自由党党首にマーク・カーニー元カナダ銀行総裁が選ばれ、今日にも連邦総督により連邦首相に任命されるとのことです。カーニー自身はここ4、5年ほど政界への意欲を隠さず、また一般向けの著作を発表するなどして、丁寧に準備を進めてきた印象です。「政治経験がない」とされますが、同じく「政治経験がない」まま政治学者から政界に転身し、突如自由党党首となったマイケル・イグナティエフとはちがう政治家としての力量を見せてほしいものです。

なお、カーニーは国会に議席がないまま連邦首相に就任するのですが、カナダではこれは、ややイレギュラーですが、たまにあります。奇しくもトルドー(父)連邦首相のあとを継いだジョン・ターナー連邦首相も議席がないまま首相になりました。ターナーは国会での党首討論などには参加できず、国会外で記者対応などをしていました。そしてそのまま連邦議会下院を解散し、総選挙に突入して自由党は大敗、NAFTAなど新自由主義的経済政策を推し進めたブライアン・マルルーニ進歩保守党政権が成立しました。

連邦下院議員の任期も夏までですし、カーニーの念頭には、おそらく早期の解散と総選挙があります。ターナーのようになるのかどうか、注目しています。

なお、議席を持たない首相については、AFPのこちらの記事がまとまっています。

Canada PM without seat can observe, not debate in Parliament

 【2025年3月2日】アメリカからの外圧をなんとか跳ねのけようともがくカナダなわけですが、こういう時はカナダの政治哲学者であるGeorge Grant、Lament For Nationというエッセイ(なのだと思います)が読ませます。ちなみにGrantは、政治哲学者で元カナダ自由党党首のマイケル・イグナティエフのおじいさんにあたります。Grantは、巨大な隣国アメリカの横でなんとか生き延びようともがくカナダについて、しかしそれでもアメリカに飲み込まれ、ついにはカナダは消滅してしまうのではないかというあきらめ、あるいは悲観的な気持ちを吐露します。アメリカの51番目の州になれとうそぶくトランプを前に、あらためてGrantを読んでみたい気持ちになりました。なお、Grantの著作を全集も含めて全部持ってる日本人は僕だけだと思います(だからどうした!)。

【2025年2月15日】カナダでは、今年夏までに連邦下院総選挙があります(選挙日固定法によれば)。現在与党自由党は、コロナ以降人気が低迷したトルドー首相に代わって、次の総選挙で勝てる党首を選ぶ党首選の最中です。カナダとイギリス二カ国の中央銀行総裁を歴任したマーク・カーニーなのかな、という気がしています。念のためですが、カナダとイギリスの中銀トップを経験するというのは、ルワンダ中央銀行総裁を日本人がやったというのとは、全然レベルが違います。

総選挙なのですが、トランプ大統領の登場で、保守党大勝の予想が若干修正されそうな気がしています。アメリカからの理不尽な外圧に闘ってきたという自負があるのがカナダですし、保守党の党首であるポワリーブル(難読アルファベットで、カナダ人ですらちゃんと発音できないことが多いです)はもともとトルドー自由党政権を舌鋒鋭く批判することで売ってきた右派ポピュリストなのですが、ミニトランプみたいなポワリーブルで本当にカナダは大丈夫かという雰囲気になってきた感じがします。トランプのおかげで、ここ数年不人気を極めたトルドー首相の再評価もカナダ社会のなかにはあるようにも思います。辞任を表明して吹っ切れたトルドーさんの言動に注目です。

【2024年11月20日】最近ハング・パーラメントということばをよく見るようになりました。どの党も議席が過半数に届かない状況を示すことばですが、その先の①連立政権なのか、②閣外協力なのか、というところまで含めて考えてみると興味深いと思います。①連立政権と②閣外協力の違いは各党が閣僚を閣内に送り込むか否かが分岐点だと思うのですが、ハング・パーラメント状況が最近頻繁に生じているイギリスやとりわけカナダの場合、連立政権の「伝統がない」という理由で②閣外協力のかたちで少数与党が政権を運営することが多いです。

 最近ハング・パーラメント状況になった日本でも、与党は国民民主党とのあいだで政策ごとの協力、パーシャル連合で政権運営を進めていく路線のようですが、イギリスやカナダの場合は、与党は協力してくれる野党とConfidence and Supply Agreementという協定を結びます。次の選挙までの、現在の任期のあいだは政策形成において協力していく、という協定で、訳すならば信任供給協定、とでもなるでしょうか。この協定を結ぶことで少数与党の対話相手、協力を得る相手はこの特定の政党だということを宣言することになります。

 日本の最近の状況をみていると、とりあえずは103万円の壁にかんしては国民民主党とともに政策形成を行うものの、その後は全くの未定、という感じの不安定さがぬぐえません。日本でいう「政策ごと」に野党からの協力を得つつ、というのは、ある政策に関しては野党Aと、別の政策は野党Bと、という感じになりかねず、結果として政権運営は不安定になるような気がします。政策ごとに改めて一からの交渉だとコスト高で続きません。対話するのはこの党にします、というイギリス・旧英領諸国由来のConfidence and Supply Agreementについて、その役割と意義を考えてみるのもよいかもしれません。

 

【2024年10月】選挙イヤーの今年、あんまり注目されませんが、実はカナダも選挙イヤーです。といっても連邦下院議員選挙ではなく、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州議会総選挙(10月19日)、サスカチュワン州総選挙(10月28日)が実施され、BC州はNDP、サスカチュワン州は保守系のサスカチュワン党(SaskParty)がそれぞれ政権を維持しました。ただ、BC州NDP、SaskPartyともに議席を減らしています。いろいろな見方ができますが、あらわになったのは、これまで以上の社会の分断ということになろうかと思います。

 BC州、サスカチュワン州に続いて、11月には東部沿海諸州のひとつ、ノヴァスコシア州で総選挙があるようです。ノヴァスコシア州は、カナダにある11の政府(連邦、各州)のなかで最後まで、選挙日固定法をつくろうとしなかった州なのですが、紆余曲折の末、2021年の州議会総選挙後に選挙日固定法を成立させました。この法律によれば、次回の州議会総選挙は2025年7月15日なはずなのですが、州首相が州総督に対して州議会の解散を上奏し、Snap Electionが確定したようです。

 

【2024年8月16日】レジャイナ大学での在外研究を終えて日本に戻りました。レジャイナでお世話になった皆さまに御礼申し上げます。レジャイナのことが忘れられません。夢に出てきそうです。

 

【2024年6月8日】カナダの立憲君主制についてここ数年だらだらと考えていたことを無理やりまとめる機会にしようと、2024年度カナダ政治学会(マギル大学(モントリオール))で報告します。日本の天皇制との比較を組み入れるという、素人のかなり乱暴な議論となってしまうことをおそれつつも、ディスカッサントの先生などからのリアクションに期待しているところもあります。ただ、マギル大学がパレスチナへの連帯デモで微妙に混乱気味になっており、さらにマギル大学法学部教授会の全学閉鎖ストライキという、デモやストばっかりやってるカナダでもさすがに稀な状況になっていたりもして、そもそも学会がどのように開催されるのか不透明だったりしますが、チケットをキャンセルもできず行ってくるしかないです。質疑応答もふまえてまとめ直して、(和製英語の)英文になると思いますが勤務先の紀要に載せることができたらと思っています。

(2024年6月18日追記)→報告しました。コメントをいただいた先生方ありがとうございました。モントリオールは暑くて湿気があって、なんだか日本の夏みたいでした。

(2024年9月30日追記)モントリオールで開催されたカナダ政治学会での報告ペーパーをパネルでの報告と先生方との質疑応答を踏まえて加筆・修正し、勤務先の紀要に投稿しました。題名も変更し、Is Constitutional Monarchy a Friend or Foe of Democracy? A Comparative Institutional Analysis of Canada and Japan としました。愛知大学法経論集第241号に掲載されます。年内には刊行予定です。

 

【2022年3月3日】カナダ立憲君主制のシンボルである連邦総督をめぐっては、その突然の辞任を事例に考察した「ジュリー・ペイエット総督の辞任とそのカナダ政治への影響をめぐって──カナダ立憲君主制に関する一考察─」(愛知大学法経論集)があります。君主制国家の場合、仮に国王が急死してもその権威は間断なく継続し次世代に受け継がれます。これはイギリスの法諺でいう"the King Never Dies."ということなのですが、当然のことながら、国王の代理である旧英領諸国の総督にはこの法諺は当てはまりません。そのことを前提としたうえで、それでもペイエット総督が突然辞任したことによって生じた、カナダ立憲君主制にかかわる新たな論点、これまで想定されていなかった論点についてまとめています。

 なおカナダ立憲君主制についての比較研究を進めるに際して、(素人であることは重々自覚しつつ)日本の象徴天皇制との比較も念頭に置いています。ただ、茶谷誠一先生の「象徴天皇制の君主制形態をめぐる研究整理と一考察 : 国法学的方法論と「君主制の歴史的・社会的機能」論の視角から」(成蹊大学文学部紀要)などを読みながらふと思ったのですが、西欧・旧英領諸国の「立憲君主制」と日本の「象徴天皇制」は、何か根本的に異なるのではないかという気もしています。象徴天皇制イコールConsutitutional Monarchyではないようにも思い、それなら象徴天皇制の英訳語はなんだろうなどとも考えています。

 このような観点からの研究については、下記業績リスト中の「カナダにおける解散権 ー連邦制と立憲君主制のはざまでー 」論文(生活経済政策)などで簡単に触れています。また、ハング・パーラメント状況における首相の任命とその際のカナダ立憲君主制(連邦総督・州総督)の役割については、下記業績リスト中の「ハング・パーラメント状況下での政権形成におけるカナダ立憲君主制の役割と作用 -近年のカナダにおける選挙を事例に-」(カナダ研究年報) で分析しており、この論文では、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州での2017年州議会総選挙のケースを中心に考察しています。

 

【2012年8月11日】最近は、カナダやオーストラリアといった旧英領諸国の政治やデモクラシーにおいて、立憲君主制が果たす役割について関心を持っています。かつてのオーストラリアでのカー総督によるウィットラム首相解任事件(1975年)やカナダでのビング総督によるキング首相解任事件(1926年)はいずれも少数与党時代に生じた事件でしたが、あくまでも過去の出来事として、現実には今後起こりえないこととしてこれまで語られてきました。しかし21世紀に入ってから、旧英領諸国では連邦議会や州議会で過半数を制する政党が存在しない、いわゆる「宙づり議会(ハング・パーラメント)」が頻発し、結果として国王の名代である連邦総督や州総督が実質的な政治的裁定を下さざるを得ない状況が生じています。旧英領諸国の研究者のあいだでは、このような状況を共同で比較分析しようとする機運も生まれており、わたし自身もこれらの研究グループの成果に注目しながら研究を進めています。

 そもそも君主制が旧宗主国イギリスからの、いわば「借り物」であるといってよい旧英領諸国において、こういった問題が生じているのがきわめて興味深い点です。「借り物」だった立憲君主制に由来するさまざまな政治制度が新大陸において政治的に実質化し、それぞれの国で独自の制度的進化を遂げているようにも思われ、そしてそれがまた、旧宗主国イギリスとも異なる政治的文脈で使われるようになっている点を、事例を示しながらうまく表現・説明できないかと考えています。 


MISC

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書籍等出版物

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講演・口頭発表等

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  • Kentaro OKADA
    2026 Canadian Political Science Association Annual Conference at University of Ottawa 2026年6月3日 Canadian Political Science Association
    Around 1900, the Doukhobors, who had emigrated from Russia to Canada, first settled in the middle east Saskatchewan. The Doukhobors, known as a heretical sect within Christianity, constituted a religious minority that left a striking impression due to the contrast between their uncompromising pacifism—which led them to reject all forms of violence and conflict—and their intense acts of protest once they perceived themselves as persecuted, such as staging nude demonstrations or burning their own homes. Surprisingly, the Doukhobors are connected to Japan in two distinct ways. When they emigrated from Russia to Canada, their relocation was financially supported by the great Russian writer Leo Tolstoy. At that time, Japan—where interest in Russian literature was at its peak—also showed considerable concern for the Doukhobors, and it is said that donations from Japan contributed to supporting their emigration project. The other connection between the Doukhobors and Japan lies in their curious relationship with Japanese Canadians in Canada. After clashing with the Saskatchewan provincial government over land ownership, the Doukhobors were expelled from the province and sought a new place of settlement in Castlegar, British Columbia. There, they encountered Japanese Canadians who had been forcibly relocated from the west coast and interned in the area during the war. In his autobiography, for instance, David Suzuki fondly recalls meeting a Doukhobor girl who treated him without any sense of prejudice or discrimination. This paper aims to trace the curious intersections among the Doukhobors, Japan, and Japanese Canadians, and to elucidate the shared experience of “internment” that links them. Specifically, it seeks to shed light on the lesser-known yet remarkable historical process connecting the internment of Japanese Canadians with the confinement of Doukhobor children in government-run residential schools.
  • 岡田健太郎
    第50回日本カナダ学会研究大会(関西学院大学・大阪関西万博カナダ館) 2025年9月20日  招待有り
  • JICA カナダへの日系移民研究プロジェクト 2025年1月11日
  • Kentaro OKADA
    Canadian Political Science Association Annual Conference, McGill University, Montreal, Quebec, Canada 2024年6月14日
  • Kentaro OKADA
    Visiting Faculty Member Presentation, Hill and Levene School of Business, University of Regina 2024年1月19日

担当経験のある科目(授業)

 11

共同研究・競争的資金等の研究課題

 16

社会貢献活動

 4