研究者業績
基本情報
- 所属
- 愛知大学 東亜同文書院大学記念センター 研究員豊橋創造大学 非常勤講師豊橋技術科学大学 非常勤講師
- 学位
- 博士(中国研究)(2009年3月 愛知大学)中国研究修士(2000年3月 愛知大学)
- J-GLOBAL ID
- 200901087710409338
- researchmap会員ID
- 1000370471
研究分野
5経歴
11-
2022年4月 - 現在
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2013年4月 - 現在
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2009年4月 - 現在
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2004年4月 - 現在
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2023年4月 - 2025年3月
学歴
4-
2001年4月 - 2009年3月
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1996年4月 - 2000年3月
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1991年4月 - 1996年3月
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1994年9月 - 1995年7月
受賞
1-
2024年3月
論文
24-
中国研究月報 72(2) 21-37 2018年2月 査読有り本稿は、戦前の上海にあった東亜同文書院の中国語教育の実態を明らかにしようとするものである。<br /> 東亜同文書院では、専用の中国語テキスト『華語萃編』(初集—四集)が使われていた。<br /> 本稿は、新入生が中国語を学ぶという重要な役割を担っていた『華語萃編』初集について、六つの版本を確定し、それらを相関分析とクラスタ分析によって比較した。<br /> その結果、専門学校期では実用重視の会話テキストだったものが、大学昇格後は読本的性格もあわせもつ総合テキストに改訂されていたことがわかった。これは、東亜同文書院が、当時日本の大学では正式な学問とみなされていなかった中国語を、大学として教育しようと試みていたことを示すものである。
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同文書院記念報 25(25別冊②) 12-29 2017年1月
MISC
40書籍等出版物
11-
不二出版 2023年3月 (ISBN: 9784835087504)20世紀初頭に日中の交流促進を期して上海に設立された東亜同文書院で作成された初学者用の中国語教科書『華語萃編』初集の愛知大学改訂版を翻刻し、中国語の発音表記と日本語訳、注釈を附して新たに刊行したものである。戦前期の中国語教育と当時の生活文化を伝える貴重な資料である。
講演・口頭発表等
26-
愛知大学東亜同文書院大学記念センター設立30周年記念講演会 愛知大学と東亜同文書院大学編纂中国語教科書『華語萃編』初集 2023年7月29日 愛知大学東亜同文書院大学記念センター戦前、上海にあった東亜同文書院大学では独自の中国語教科書『華語萃編』(かごすいへん)が作られ中国語教育で大きな成果をあげていました。東亜同文書院大学は敗戦によって閉学することを余儀なくされましたが、その『華語萃編』による中国語教育は後身校である愛知大学に受けつがれ、さらに愛知大学が誇る『中日大辞典』編纂の原動力となりました。 今回は、東亜同文書院大学と愛知大学の学生たちが学んだ『華語萃編』がどのような教科書だったのか、それによってどのように教育が行われていたのかを紹介します。
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東亜同文書院「大旅行」と現代東アジア 2023年3月11日 愛知大学国際問題研究所 愛知大学東亜同文書院大学記念センター 招待有り
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2022年度豊橋市民大学トラム愛知大学オープンカレッジ「愛知大学のドラマチックな誕生物語と創設期の卒業生たち」 2022年12月17日 豊橋市教育委員会 愛知大学 招待有り東亜同文書院はビジネススクールとして中国語は必須であり、中国語教育は大きな目標であった。そのベースには中日辞典づくりが不可欠な事業となり『華日辞典』の編纂が開始され、多くの語彙カードが作成されたが、敗戦で中止され、それを戦後返還されることで愛知大学で簡体字も含め新編纂され、13年を費やして『中日大辞典』が完成した。その経緯と、それにともなう中国語教育の展開を紹介する。
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日本現代中国学会第71回全国学術大会 2021年10月24日 日本現代中国学会本報告は戦前の東亜同文書院大学で行われていた中国語教育の戦後における展開を事例として戦前と戦後の中国語教育の連続性を検討しようとするものである。 東亜同文書院大学(1901〜1945)は列強のアジア進出に対抗するため東アジアの連帯を目指して結成された東亜同文会が上海に設立した商学系の高等教育機関である。中国市場をメーンとする商業実務者や中国に関わる活動の指導者の養成を目標としていたことから、当然、中国語教育が行われた。 近代日本の中国語教育史を研究する六角恒広『中国語教育史の研究』(東方書店、1988 年)や安藤彦太郎『中国語と近代日本』(岩波新書、1988 年)は、明治から敗戦までの日本の中国語教育は、日本の中国に対する利己的な経済的・軍事的進出のための実用会話教育に偏っており、そこでは言語学的研究や科学的教育の取り組みはなされておらず、英語・ドイツ語・フランス語教育のような対象国の文化を受容する機能に欠けていたと述べる。そうした捉え方からすれば、東亜同文書院大学の中国語教育は戦前の典型であり、また敗戦によって中国進出という目的が失われたことによって破綻は必然となる。 しかし、実際には東亜同文書院大学の中国語教育は戦後も継続されていた。東亜同文書院大学の教員と学生を基礎として 1946 年に建学された愛知大学の中国語教育は東亜同文書院大学のそれを踏襲することから出発しており、教員と教材など教育体制が共通するだけではなく、「念書」と呼ばれる東亜同文書院大学で行われていた学生主体の課外学習活動ですら受け継がれた。さらに愛知大学は戦後の日中両国の社会や言語の変化に応じて東亜同文書院大学で作成された教材を改訂したり、東亜同文書院大学の中国語辞典編纂事業を引き継いで『中日大辞典』(大安、1968 年)を刊行したりするなど、東亜同文書院大学の中国語教育を発展させている。 こうした東亜同文書院大学と愛知大学の事例からは、戦前と戦後の中国語教育について、その連続性が浮かび上がってくるのである。
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日清貿易研究所から東亜同文書院へ 2019年3月16日 愛知大学東亜同文書院大学記念センター 招待有り東亜同文書院の前身は日清貿易研究所であるという認識は、当事者間では自明であった。共通する人物が両校に深く関わっていたからである。しかし、法的・組織的な連続性はとくにない。そうした関係について、本報告では、東亜同文書院院長根津一による卒業生推薦の書翰を手がかりにして考えていく。その過程では、教育と戦争・国際化社会・キャリア形成等、当時の教育問題が関わってくるだろう。さらに、根津一が軍人であったことに注目すると、軍隊や政治の動きも視野に入ってくるだろう。そうした多面的な考察をする過程で両校の関係を浮かび上がらせていきたい。
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日本現代中国学会第67回全国学術大会 2017年10月29日 日本現代中国学会本報告は、1937年に行われた東亜同文書院生の志願通訳従軍の実態を二つの側面から検討する。 ①学校側:キャリア形成を担う教育機関が、学生を従軍させることになった状況や意図を、運営母体東亜同文会の動きも踏まえて明らかにする。 ②学生側:学生の視点から従軍の経緯や実態を明らかにする。
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近代日中仏教交流史からみる東亜同文書院・愛知大学 2016年11月12日 愛知大学東亜同文書院大学記念センター・東アジア仏教運動史研究会 招待有り
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愛知大学東亜同文書院大学記念センター・同国際問題研究所・中華人民共和国社会科学院近代史研究所共催国際ワークショップ「近代中国社会と日中関係」 2016年9月9日 招待有り本報告は、戦前の日本の中国語教育の変遷について、東亜同文書院を事例として取り上げ見ていこうとするものである。戦前の中国語教育は、日本の清国や中華民国への進出・侵略のための道具であったと捉えられてきた。しかし対中国戦争では常に通訳が不足するほど中国語教育は盛んではなく、中国語教育と日本の侵略との関係は必ずしも密接ではなかった。中国語教育が不振であったのは、日本社会のキャリア形成では欧米言語が重視されていたためである。この状況の中、東亜同文書院では、専用テキストが種々作られ、日中教員が協力して教え、これに学生だけの中国旅行という目標を設定することによって成果を上げていた。さらに旧制大学に昇格しているが、これは中国語を正式教える初めての大学であり、日本の中国語教育の中で大きな意味をもつものであった。
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日本現代中国学会東海部会第6回研究集会 2016年2月20日東亜同文書院の中国語教育について、これまで取り上げられてこなかった文章語教育に焦点をあて、愛知大学東亜同文書院大学記念センターが所蔵する実際に学生が使用したテキストにあたりながら、その教育活動の実態を明らかにした。当初漢文教育と同形式だった授業が、東亜同文書院の中国語教学の進展とともに中国語音を用いて読解するものへと変化していることや、清末から民国期にかけて大きく変わった中国語語彙を取り入れたテキスト作りが行われていたことを確認した。報告内容は、学術論文「東亜同文書院の中国語文章語教育について:愛知大学東亜同文書院大学記念センター所蔵テキストを中心に」(『同文書院記念報』vol. 24)(再掲)にまとめて発表した。
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日本現代中国学会第65回全国学術大会 2015年10月25日日清戦争以前に上海にあった日清貿易研究所について、使用されていた教材、学生の手記や日誌、当時の関係雑誌などを駆使して教育活動の実態を明らかにした。これまで具体的にとらえられてこなかった日清貿易研究所に関わる諸資料を広くあたってビジネススクールとしての姿を明確としたことに対して評価を受けた。
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日本中国学会第63回大会 2011年10月 日本中国学会東亜同文書院が独自の口語テキスト『華語萃編』を作成使用していたことは知られているものの、その改訂の実態など版本研究は従来まったくされてこなかった。本報告では、新入生が初めて中国語を学ぶ『華語萃編』初集に焦点をあてて版本を研究し、その改訂の実態から東亜同文書院の中国語教育の変遷を明らかにした。『華語萃編』初集には6つの版本があり、清末から民国期にかけての中国語の変化や新語を意欲的に取り入れた改訂が平均5年おきに実施されていた。その中でも旧制大学昇格時の改訂は大幅な本文書き換えがなされおり、魯迅などの中国現代文学作品が収録され、従前の会話例文集から読本的な性格もあわせもつ内容となっていた。これは旧制大学での欧米言語教育で主流であった文章読解のスタイルを中国語教育に適用したものであり、東亜同文書院が旧制大学として中国語を扱おうとした試みの一つであった。
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中国現代史研究会名古屋例会 2008年6月21日第二次上海事変で東亜同文書院が校舎を失った際に東亜同文会理事長岡部長景と東亜同文書院の聴講生であった水野梅暁が主導した東亜同文書院の北京移転構想の運動と、これに反対した外交官石射猪太郎など東亜同文書院卒業生たちの動きを明らかにすることよって、日本の中国侵略の中で文化方面での侵略を期待されることになったこの学校の位置づけを示した。
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豊橋市民大学トラム愛知大学連携講座「近代史の中の東亜同文書院と愛知大学」 2007年11月17日 招待有り豊橋市市民講座において坂本義孝など東亜同文書院のキリスト教信者たちの活動を一般向けに講演した。上記学術論文「東亜同文書院とキリスト教:キリスト教信者坂本義孝の書院精神」の内容をベースに写真資料も交えて一般向けに平易に解説した。
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日本現代中国学会第57回全国学術学会 2007年10月21日日本の覇権的傾向を示す意味でのアジア主義的イメージ強い東亜同文書院について、学内でのキリスト教の人道的活動を明らかにし、さらにキリスト教信で卒業後にアメリカ留学を経て母校の教授や上海セント・ジョーンズ大学教授を歴任した坂本義孝に注目して、その足跡を追いながら日中交流を目指した当初の東亜同文書院が日本の中国侵略の中で変質していった実態を具体的にとらえた。
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「満洲国」文学研究会第13回定例研究会 2007年9月17日「満洲国」で活動した作家として著名な古丁の多くの作品が「満洲国」官僚時代に書かれていることに注目し、彼がプロの作家ではなくアマチュアの文芸グループで勢力的に文学活動していたことを明らかにした。彼には優秀な「満洲国」官僚としての姿もあり、これは日本が文化統制を行うために設置した満日文化協会の資金援助を受ける遠因となっている。
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中国文芸研究会 2003年日本の植民地であった台湾での民俗学・民族学研究の位置づけを考察した。ミンゾク学といっても、在地の習慣実態を目標とする民俗学と、対象となる人々を一つの民族集団として研究する民族学の二つの姿勢に分別することができる。日本の台湾におけるミンゾク学は、民俗学的眼差しがあるものであっても、支配者として被支配者を日本化することが目的であり、観察する過程で政治的にもなりうる民族学とならざるをえなかった。
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「満洲国」文学研究会第1回定例研究会 2001年9月「満洲国」の代表的な作家古丁の文学を考察する方法を検討した。彼を植民地下の抗日文学という枠ではなく東北地方独自の地方文学として捉えることを試みるに際して、本文に使用されている方言・語彙に注目した。本報告では古丁の小説「原野」について実施し、東北方言とされている語彙の使用を確認すると同時に、何を方言とするのか、使用頻度の多少の評価基準など、考察を進める上での問題点についても言及した。
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日本中国学会第52回大会 2000年10月「満洲国」の作家古丁の文学について、日本の植民地下という抗日の枠組みで捉えるのではなく、魯迅に始まる中国現代文学が東北地方で独自に発展した形態であるとして理解することを試みた。「満洲国」文学の特徴の一つは古丁など主立った作家が地元出身者であることであり、中国の中央文壇が各地方出身者によって構成され、さらに北京や上海、重慶という政治の中心とともに移動したのに対して故郷に留まり続けたことからも地方文学の性格があらわれている。
担当経験のある科目(授業)
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2023年9月 - 現在異文化コミュニケーション論 (静岡大学)
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2023年9月 - 現在グローバリゼーションと社会 (静岡大学)
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2022年4月 - 現在東洋文化論 (豊橋技術科学大学)
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2019年4月 - 現在応用中国語Ⅱ (愛知大学)
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2019年4月 - 現在応用中国語Ⅰ (愛知大学)
共同研究・競争的資金等の研究課題
6-
日本学術振興会 科学研究費助成事業 2023年4月 - 2026年3月
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日本学術振興会 科学研究費助成事業 2018年4月 - 2024年3月
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日本学術振興会 科学研究費助成事業 2014年4月 - 2017年3月
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文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 2012年4月 - 2017年3月
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日本学術振興会 科研費奨励研究 2012年4月 - 2013年3月
メディア報道
18-
東海日日新聞社 東日新聞 第10面 2022年6月28日 新聞・雑誌愛知大学の「中日大辞典」の出版では、チャリティーの手法も用いられた。日中友好を目指して中国に贈呈する分の予約購入を広く募ったのだ。 1968(昭和43)年、「中日大辞典」が出版された。日本では大好評であったが、中国での反応はすぐにはわから...
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東海日日新聞社 東日新聞 第10面 2022年6月21日 新聞・雑誌戦前、上海にあった東亜同文書院大学は、当時の日本にはなかった本格的な中国語辞典を編纂(へんさん)していたが、戦争によって未完に終わった。 敗戦時の書院学長・本間喜一は、戦後、愛知大学を開校させると、1955(昭和30)年、書院の中国語辞典...
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東海日日新聞社 東日新聞 2022年6月14日 新聞・雑誌1955(昭和30)年、愛知大学は中国語辞典の編纂(へんさん)を始めた。 この取り組みは国際的な注目を集め、中国やアメリカの学者がたびたび視察にやって来た。彼らの評価は高く、56(昭和31)年には中国から辞典編纂資料が寄贈され、57(昭和...
その他
1-
2019年6月 - 2019年6月2019年6月8日愛知大学名古屋キャンパス 開会挨拶 池田維(霞山会理事長 元外務省アジア局長) 開会挨拶 川井伸一(愛知大学学長) 特別講演 「日中関係―理想と現実」 松本盛雄(霞山会評議員 元駐瀋陽総領事) 報告 ・「1910年代におけるアジア主義の諸相―日本・孫文・李大釗」 嵯峨隆(静岡県立大学名誉教授) ・「米内山庸夫の中国論―汪兆銘政権反対に至る道」 栗田尚弥(國學院大學講師) ・「荒尾精と日清貿易研究所」 藤田佳久(愛知大学名誉教授) ・「戦前中国調査における東亜同文書院」 三好章(愛知大学現代中国学部教授 東亜同文書院大学記念センター長) 総括 伊豆見元(霞山会評議員 愛知大学理事評議員 東京国際大学国際戦略研究所教授) 閉会挨拶 星博人(霞山会常任理事) 司会 石田卓生